• 先史・古代館 統一新羅
    統一新羅

    展示室の紹介

      • 統一新羅室では、四天王寺「緑釉神将壁伝」と「傳普願寺鐵佛」など、絶頂に達した仏教文化財を展示します。また、月池や王京など当代首都である慶州遺跡の出土品とともに、昌寧馬流里遺跡・鬱陵島川副洞墓・益山弥勒寺址など各地方出土の生活用品も紹介します。なお、周辺国家との交流が見られる各種磁器類や瓦当などの展示より、統一新羅人の国際的な特徴が感じ取られます。
      • 新羅は、唐[618~907]との連合を通じて百済[660]と高句麗[668]を滅ぼすと、続いて韓半島を支配しようとする唐を退治し三国を統一します。その後、698年に高句麗の旧領域に渤海(698~926)が建国され、元山湾以南の統一新羅と北の渤海が共存する様相へ展開します。統一新羅は、高句麗と百済の文化を調和させ、周辺国と積極的に交流することで美しい文化の花を咲かせます。この時期に仏国寺、石窟庵、聖徳大王神鍾のような最高の傑作が誕生します。ところが、9世紀以降の権力争いにより国力は衰え、地方豪族の内乱や飢饉で激しい混乱に陥っていきます。その隙を狙い甄萱[867~936]と弓裔[?]~918]は、それぞれ後百済[892~936]と後高句麗[泰封、901~908]を建てます。 935年、弱体化した新羅は高麗王建[877~943、在位918~943]に投降しますが、ついに千年の歴史に幕を閉じます。