○展示品:日本の仏教美術品59件94点(日本の国宝4件および重要文化財31件を含む) 滋賀県中央部を占める琵琶湖は、面積
琵琶湖地域は百済から伝来した仏教が比較的早い時期に受容・発展した。また、琵琶湖を取り巻く山々は天台宗の発祥地でもあり、名高い山岳修行地も位置しているので、仏像や仏画などの仏教美術が隆盛した。
今回の展示では大津市に位置する滋賀県立琵琶湖文化館に寄託・所蔵されている仏教美術品を中心に、奈良や京都の国立博物館所蔵品、そして滋賀県所在の寺院の遺物を紹介する。出品遺物の総数は59件94点という、規模はそれほど大きくないが、中には4件の国宝と31件の重要文化財が含まれている。
今回の展示では、滋賀県の独特で個性的、かつ魅力的な仏教美術が存分に楽しめると思われる。
崇福寺舎利容器
7世紀、近江神宮所蔵、日本の国宝
金銅、金製、銀製の3重の箱とガラスの瓶の、慶州・皇福寺跡出土の舎利容器と非常に類似した構成となっている。日本の舎利容器の、本来の構成がすべて備わっている物の中では最古のものである。その造形美と史料としての価値が認められ、国宝に指定された。
十一面観音菩薩立像
平安時代、長福寺所蔵、日本の重要文化財
膨大な水量と風光明媚な琵琶湖は、周辺に住む人々にとって豊穣な実りの根源であり、慈悲に満ちた母なる存在であった。そのためか、琵琶湖周辺からは慈悲の象徴である観音菩薩像が多く伝わっている。
吉祥天立像
鎌倉時代、園城寺所蔵、日本の重要文化財
吉祥天は本来、インドの神話に登場するビシュヌ神の妻の、ラクシュミーの漢訳である。仏教に吸収されたことにより、北方世界を守護する毘沙門天の妻とされる。日本ではとくに、奈良時代から独立した吉祥天信仰が形成した。
訶梨帝母倚像
鎌倉時代、園城寺所蔵、日本の重要文化財
サンスクリット名ハリーティーの訶梨帝母は鬼子母神とも呼ばれ、本来は他人の子供を盗んでわが子に食料として与えていたが、釈迦によって改心し、子供の守護神であり、多産の象徴となった。左腕には子供を抱き、右手には多産を象徴する石榴を持っている。
金銅宝相華唐草文経箱
1031年、延暦寺所蔵、日本の国宝
平安時代以降、京都の貴族から絶大な支持を得た浄土宗は専修念仏によって阿弥陀如来の極楽浄土への往生を宗旨とする。貴族たちは心を込めて写経し、美しい装飾の箱や筒に入れて埋納し、末法の世が終わった後も経典が永遠に伝わることを祈った。
金銀鍍透彫華籠
12~13世紀、神照寺所蔵、日本の国宝
如来像を安置した仏殿において如来のための法会が開かれた時は、まるでその場所が浄土のように感じられるよう、香を焚き、散華の儀式に行ったが、これは散華に使われた華籠である。
六道絵の「阿修羅道図」(原本、左)
鎌倉時代13世紀、聖衆来迎寺所蔵、日本の国宝
六道絵模本中「人道不浄相図」(模本、右)
江戸時代、聖衆来迎寺所蔵
浄土宗の教理によると、人間は六道(衆生がその業によっておもむく天人、人間、阿修羅、畜生、餓鬼、地獄の六種の世界。生死を繰り返す迷いの世界)の苦しみを悟った時こそ浄土へ往生できるという。しかし、それを悟るのは大変なことなので、六道を絵解きにし、解説しているのが「六道絵」である。地獄の残酷な苦痛と現実世界における逃れがたい苦難、天上の美しく平和な景色などが細かくリアルに描かれている。国宝指定の鎌倉時代の原本2点や江戸時代の模本15幅が展示される。
愛染明王像
13世紀、総持寺所蔵、日本の重要文化財
琵琶湖地域には天台密教の影響を受けて制作された様々な密教美術品が伝わっている。そこに登場する仏は怒りをあらわにしているものが多く、刺激的な原色が主に使われている。3メートルに達するこの愛染明王像には、赤色忿怒の相が巧みに表わされている。